2020年12月22日

年末はランチタイムで復帰です。

朝、
散歩の準備をして勝手口のドアを開けて
「ニコル〜散歩行くよ 早くおいで」と呼ぶ。
中々現れないニコル君
「早く来ないと部屋が冷えるよ!
      ばあーちゃん寒いから!」・・・
(あーもう 居ないんだ・・・)
そんな思いがこの頃はだいぶ薄れました。
10月、
リビングに介護ベッドを設置して母の介護生活が始まりました。
ひ孫、孫、ご近所さんが面会にきてくださるんですが
全員マスク姿 (苦笑)
「誰だかわかる〜」そんな会話が最初の言葉。
往診のドクターに皮膚に点滴を入れて頂き、
30日目でむくみが出てきましたので点滴をやめます。
それまでも食べたもの飲み込んだものはホンの少し
アイスクリームを3,4口 プリンもそんな程度
お茶も数口
それからは飲まず食わずで20日
退院して39日め、
昼過ぎに馬酔木の事務仕事をしていると
「ばあちゃん〜息してないよ〜」と奥の声
段々と声が大きくなるのでリビングに行くと
「一度戻ったんだけど・・・」と奥
何度も「ばあちゃん〜」と話しかけるので
「もういいよ、ありがとう って語りかけて」
「お疲れ様」
「ありがとう」
「楽しかったよ」
それぞれ思いつく言葉をかけていきます。
39日間
2日寝て1日は起きている、そんな感じで母の時間は
流れていたようです。
起きている時間は現在であったり、過去の時もあり
深夜に過去の人と話している時は・・・一寸怖い
ある日
洗車していると「あなたを呼んでるよ」との事
「なに?頼み事?・・・
 ばあちゃんのことだから、お金は大丈夫?とか。
 馬酔木はどうか?とか、心配ごとでしょ?」
目が合うが話せない
「心配ないよ〜おじいさんとおばさんが沢山残してくれたから
心配しないで、馬酔木はね恵介が頑張ってるから安心して
お母さんの望んでいた息子にはなれなかったかもしれないけど、お嫁さんは当たりだったね!
自宅で二人を看てくれる人ってそんなにいないよ!  
観音様って遠くに居られるんじゃなくて、
すぐ近くに居たんだね」
そう話すと目元にうっすらと涙が・・・分かってるんだね。
親子の対話できたのは3度ほどでした。ある時、
母のベットそばにいると孫の泣き声が聞こえてまいります。
私もこうして泣いて、あやしてもらったんだと感慨ひとしお
自然と感謝の言葉がうかびます。
仏教を教えて下さる木下全雄さんからは
「お母さまには慈悲の心をしっかりと育てて」と教えられ
「大切なのは、お母さまに教えるんじゃなくて、
 須藤さんが勉強している横でお母さまが感じ取る事」
「・・・・・?難しい」
 退院してから毎日朝晩 慈悲の実践を念じておりました。
101歳
この地に生まれ、育ち、結婚、子育て、孫に囲まれて
老いて枯れていってた母
時が過ぎるたびに痩せていく体
「そんなに頑張らなくてもいいよ!」って
何度も声をかけた。
身体から水分が全部出たとき息を引き取ってようでした。
老衰・・・
痩せた身体に大切にした着物と
四国を歩いて頂いた朱印のある白衣をかけて
頑張った母を自宅から送り出しました。
リビングで通夜と葬儀を執り行い、
最期のお花入れは庭で皆様と密を避けて行いました。
その後の雑務もひと段落
このまま、引退しようか?復活するか?
考え中です。
馬酔木で店長は?と聞かれるとか
元気です!(一寸太りました)
posted by うまよいびと at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ
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